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第10区(4-1) 16年9月26日(日) 今津→北小松 29.1km 41,104歩 (4-2)はこちら |
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| ●風車街道を新旭町、安曇川町、高島町を通過して北小松まで最長距離を歩く!● 9月26日(日)◆琵琶湖一周ウォーク・第10区◆ 「今津町→北小松」 |
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| ★新大阪7時49分発→近江今津駅→今津港9時23分スタート→二ツ石→木津港跡・竹生島遥拝所跡→木津港常夜燈→御蔵屋敷跡→・・・次のページ |
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| 次のページから 水鳥観察センター→森浜遺跡→針江大橋樋門→六ツ矢崎浜オートキャンプ場→外ケ浜→しんあさひ風車村→新旭浜園地→安曇川浜園地→びわ湖こどもの国→安曇川・舟木大橋→金丸橋→今在家→松ノ木内湖→鴨川→近江白浜水泳場→萩の浜水泳場→四高桜の碑→JR近江高島駅→大溝城跡→乙女ガ池→白髭神社→北小松港→北小松駅口交差点→JR北小松駅 |
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| JR近江今津駅9時3分着、長浜駅以来、久しぶりに乗降客の多い駅。9時6分に改札を出る | |||||
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★写真・左上は駅前から正面に今津港が見える。道路東側(写真右上)に琵琶湖周航記念館がある。この記念館は3度目、向かいに右写真の大福餅のきね松がある。前回は売り切れて買えなかった大福を三つ買う。経営者?のおばあちゃんに湖畔を歩いて行くのでおやつにすると言ったら、丁寧に包んでくれて、気をつけて行ってらっしゃいと言葉をかけてくれた。とうに80歳を越えていると思われたが、何か母親とだぶってほろりとした。 ★大福餅のきね松 この店、売れ切れたら店を閉めるので早く行かないと買えないということで知られている。結構、ファンがいるらしく、今津港のそばなので観光客も買っていくのだろう。 三つ買ったのは、朝、午後のおやつと昼食時に食べるため。大事にカバンにおさめる。 |
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★今津港 写真左上は、今津港。待合室には、女性の団体客が出航を待ってにぎやかに談笑していた。竹生島めぐりの船はここから出ていく。写真右上、桟橋に観光船が停泊している。 左の写真、今津港前から今日歩く道、道路にそってしばらくは民家が続く。左側は黒松の湖畔が続く。車も少なく人もおらず、今日も一人歩きだ。のんびりいこか。 9時23分、歩数計セット、スタート。 |
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![]() ★思い出残して 湖岸に下りると今津港の桟橋が見える。 右向こうに竹生島もみえる。 これまで歩いてきた思い出の地が三つ見える。竹生島の左にうっすら見えるのが、湖北の賤ゲ岳に通ずる山本山か、真ん中の岬がつづら尾か、手前左が海津大崎。よく歩いてきたなあ。 |
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★風車街道前方、これから歩くのは、湖西で唯一、琵琶湖に大きく突き出し半島のように見えるのが、左先端にびわ湖こどもの国、手前に風車村。そこまでの道を風車街道というらしい。大きな風車が目印。 11時に風車村、12時半までにこどもの国へ到着、そこで昼食の予定とする。 どんよりとした曇り空、風はなく、湖面はおだやか。さあ、行こう ! |
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| 9時32分、今津町から新旭町へ入る。湖の辺の道は333号線に合流、平行してすすむ。 | |||||
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★竹生島 湖北の象徴的な竹生島。この風景が、前々コースの海津からどこまでも続く。しかし、その竹生島もだんだんと後方、遠くなってきた。今日、風車村を過ぎると見えなくなるはず、よーく見ておこう。 ★ハマヒルガオの群生地 このあたりの湖岸はハマヒルガオの群生地と表示してあるが、いまは時期が過ぎてしまってみられなかったのが残念。 |
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★二ツ石沖合い百メートルの湖中に、同じくらいの石が二つある。これが「二ツ石」といわれるもので、渇水でないと現れない。このことから、沖の「二ツ石」にかわって浜辺に岩が置かれ、二ツ石大明神として祀られたのであろう。ここで毎年七月二十八日に雨乞いの神事が行われている。また「二ツ石」は、七、八世紀に施行された耕地区画、条理制の十八条三里の基点となる貴重な遺構である。(説明板より) |
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![]() 道が二つに分かれてた地点、湖畔のさざ波なみサイクリングロードのほうをすすむ。 |
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★木津浜![]() このあたりの浜を言うらしい。この湖辺には二ツ石や蔵屋敷跡もあり、昔は竹生島詣りの巡礼船が出た。人々の中にはここから賽銭を投げて遥拝した人もあり、今でも浜に古銭が打ち上げられる。(説明板の一部) ★西国第三十番近江国宝厳寺「竹生島遙拝所跡」 宝厳寺は竹生島にある。 |
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★木津港跡・木津桟橋跡 木津は奈良時代の郷名として既に「倭名類聚鈔」(わみょうるいしょうしょう)にでており、天正3年(1574)6月の「饗庭定林坊自分並家中田畠帳」には「コツ」とあります。また古津とも書かれ、江戸時代の寛永年間になると、当時若狭からの蔵米・貨客(旅人・巡礼)をこの地から回漕する湖上交通の要衝になりました。船宿も100軒を越したと伝えられています。宝永3年(1706)に使用された船は、丸船が9艘でした。また木津船問屋株が9棟(船持ち株)も定められていました。物資は、いずれも湖上を一路大津港へ向かい、ここで再び陸揚げし、京都・大坂へ運ばれました。また、多くの巡礼者を竹生島へ渡船させました。(説明板より) ★常夜灯 ![]() |
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★御蔵屋敷跡 この地は、江戸時代に小浜藩の蔵米屋敷があった所です。大蔵屋敷または御蔵とも呼ばれています。かつては157間の石垣がありました。「天保3年(1832)木津村絵図」には、5棟の建物群と石垣が描かれています。また明治2年(1869)「木津村名細書記写」によると、敷地は南北28間、東西16間あり南に6間四方の空地がありました。5棟の建物の大きさは、 ・・・・一部 省略・・・ 往時の木津港をしのぶ上で貴重な存在です。 (説明板より) |
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★初秋の琵琶湖半 小刻みに休憩と水分補給を繰り返しながらコスモスがきれいに咲きそろう湖岸のサイクリングロードをすすむ。天気は思わしくなく、蒸し暑さが気温以上にこたえる。 |
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![]() ★歩いてきた今津方面を振り返る 今日の琵琶湖は「鏡の水面」、このあたりではまったく船の姿も見られない。夏には水泳や水遊びで賑わったはずの湖岸にも秋の気配、水辺に近いところから雑草が色づいている。 ★湖辺のひととき 釣りを楽しむ人、バンガローで憩う人それぞれ。 |
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