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2003年11月16日(日) 奈良・北山の辺ウォーク (その1) 奈良公園→ささやきの小みち →志賀直哉旧邸→新薬師寺 ●(その2)はこちらへ● 白毫寺→正暦寺→福寿院→円照寺 |
| 15年11月16日(日) 奈良・北山の辺ウォーク コース 9名参加 |
近鉄難波駅→近鉄奈良駅→奈良公園→興福寺→志賀直哉旧邸→新薬師寺→南都鏡神社→歴史の道→ 白毫寺→正暦寺→福寿院→円照寺→奈良市内懇親会→近鉄で大阪 |
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★写真上・興福寺と紅葉のはじまる奈良公園↑ ←★写真左、写真下 志賀直哉旧邸↓ 高志賀直哉が昭和4年から13年まで住み、暗夜行路の続編を執筆した家。周辺は春日大社などがある静かな屋敷町、この家は志賀直哉が設計した数寄屋造りで、作家や画画が出入りする文化サロンだったという。新薬師寺へ続く白壁の土塀の道は風情がある。写真美術館などもあり、奈良の町でも特に文化的な香りの強いエリアとなっている。 ★写真下↓志賀直哉旧邸の白壁をバックに |
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| ★新薬師寺「南門」写真左 ★南門から「本堂」を 華厳宗の「新薬師寺」。、747年(天平19年)聖武天皇の病気平癒を願って、光明皇后が建立。創建当時は金堂、講堂、東西両塔等が建ち並ぶ大寺院だったが、平安時代以降、落雷や台風で被害を受け、1180年(治承4年)12月平重衡(しげひら)の兵火を経て、鎌倉時代に解脱(げだつ)上人や、明恵(みょうえ)上人らによって伽藍の整備と、現在共に国重文の東門、西門などが建立された。江戸時代に将軍綱吉の母、桂昌院(けいしょういん)の援助によって国宝のご本尊、木造薬師如来座像などの修理が行われた。現在は、本道のみになっている。国宝の仏像14体が安置されている。重要文化財。寺名の「新」は「あたらしい」という意味でなく、霊験が「あらたかな」という意味。天平時代代表的建築物の1つ。 |
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←★南都・鏡神社 新薬師寺の南門を出た直ぐ西隣にある鏡神社、 2003年11月16日(日) 奈良・北山の辺ウォーク (その2)はこちら 白毫寺→正暦寺→福寿院→円照寺 |