第6回
2001.10.6
大阪文明開化の跡を訪ねて
川口散策

10月06日(土) 14時30分スタート
コース紹介
歴史の散歩道(5)大阪文明開化の入り口=川口居留地を訪ねて
地下鉄新大阪14時30分スタート→阿波座駅→旧大阪府庁後跡、木津川橋、川口基督教会、川口居留地跡、大阪開港地跡、大阪税関富島出張所、聖マリア幼稚園、河村瑞賢紀功碑、昭和橋、瑞賢蔵橋、船津橋、大阪中央卸売市場、福島神社、二十一人討死の地、野田阪神駅→新大阪17時30分着
川口居留地跡 西区本田小学校横 川口1丁目 川口基督教会・明治6年創設 川口1丁目
アメリカ人・ヴォーリス設計 教会の外面のステンドグラス
            ★川口居留地跡★

長年の鎖国政策が解除されて慶応4年、大阪は東京、神戸とともに開港され、数多くの外国人が入ってきた。居留地26区画が外国人に競売され、大阪居留地の歴史が始まった。居留地に接する本田、富島、古川、梅本町も外国人雑居地となった。明治19年(1886)には、10区画が増設され、明治32年(1899)7月に居留地が撤退されるまでこの付近は洋館や教会、学校などが並び、各国人が散策するなど大阪の文明開化を象徴する場所として異国情緒豊かな雰囲気を漂わせていた。
大阪港は、河口港のため水深が浅く、大型船が入港できず、次第にその役割を神戸港に奪われていった。その後に活発な動きをしたのがキリスト教関係者で、平安、プール学院、聖バルナバ病院、大阪女学院、桃山学院、信愛女学院などが造られた。
      
  ★右の写真は、居留地の復元図★→
木津川橋跡の記念碑 二代目大阪府庁跡。大正15年まで大阪の行政の中心

  
     ★大阪税関発祥の地★
        ★大阪港開港の地★


現在は大阪税関富島出張所。慶応3年(1867)、この地に大阪税関の前身「運上所」が設置され、翌4年には外国官、五代
友厚(初代大阪税関長、後に初代の大阪商工会議所会頭)と陸奥宗光が事務をとり税関として開所した。明治5年11月28日、運上所が全国的に「税関」に統一され、大阪税関となった。大正9年(1920)に大阪税関は港区の築港に移転、富島出張所ん゛設置され現在に至っている。

建物の裏地に「大阪開港の地」「川口運上所跡・富島外務局跡」「大阪電信発祥の地」の3つの石碑が建っている。
旧居留地の面影聖アンナ幼稚園 川口3丁目 木津川にかかる昭和橋
かっての安治川橋の碑 1684年に安治川を掘った河村瑞賢紀功碑・川口4丁目
安治川の西側一帯が大阪中央卸売市場 安治川沿いにはレンガ造りの古い建物が残っている
      安治川の船から荷物を積み下ろしするクレーン 堂島川と土佐堀川の合流、舟津橋{左)と瑞建蔵橋(右)