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第13回 2002.04.20 大阪の中心・上町台地 16の坂めぐり |
| 4月20日(土) コース・順路 |
★大阪城公園13時10分→法円坂→馬場町交差点・NHK大阪→難波宮跡→ほくちゃ坂→聖マリア大聖堂→どんどろ坂・かぎや坂→清水谷公園→空堀ドーリ→谷町筋→大楠神社→近松門左衛門の墓→地蔵坂→高津宮→高津公園→真言坂→生国魂神社→源聖坂→松屋町筋→学園坂→口縄坂→藤原家隆五輪塔→愛染堂→愛染坂→清水坂→清水寺→天神坂→安居神社・真田幸村の碑→逢坂→四天王寺西大門→四天王寺→東大門→上町筋→上六→誓願寺・井原西鶴の墓→三韓坂→円珠庵→高津高校→明星高校→心眼寺坂→どんどろ大師→玉造公園→城星学園→あいどり坂→アピオ大阪→大阪城公園ゴール17時28分 ●4時間18分 |
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| 大阪城にそって法円坂→馬場町交差点めざして上る 由来は浄照坊の開祖・法円がこの地に寺を設けた |
法円坂をのぼった馬場町交差点。右側が新装のNHK 大阪放送会館、左が大阪歴史博物館 |
法円坂とほくちゃ坂との間に横たわる広大な難波宮跡かって7世紀から8世紀にかけてここに都があった |
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| ほくちゃ坂→法円坂1-上町1との間、西へ上がる坂 伊勢屋という火口(ほくち)商がいたことに因んで |
どんどろ坂→坂玉造2-上町1の間、大阪女学院、聖マ リア聖堂、写真上に行くとかぎや坂、越中井がある |
楠木大神→谷町7丁目交差点南一筋東側、道路の 真ん中に15mほどのクヌギの木、小さな神社がある |
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| 近松門左衛門の墓→元禄時代を代表する浄瑠璃、 歌舞伎作家、谷町筋谷町8東側ビルの奥に眠る |
かわゆくて、かわゆくて・・・ 地蔵坂真ん中、中寺1にある法性寺の「お掃除地蔵」 |
地蔵坂→谷町筋から西へ中寺1-2丁目の境界を下る 大阪の古い商家の佇まい、類焼地蔵尊がある |
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| 生国魂神社→神武天皇が難波に赴いた時、生島神、 島神をお祀りしたのが発祥、曽根崎心中発端の舞台 |
真言坂→生国魂神社北門より北へ下がっていく坂、 周辺の坊が真言宗であったことから呼ばれている |
生国魂神社境内にある井原西鶴の坐像 |
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| 高津宮神社→仁徳天皇を主神とする社で868年に創 建、秀吉の時代に現在地へ移転された |
源聖寺坂→下寺町1、谷町筋と松屋町筋の間、上町 台地の代表的な坂で石畳が大変にきれいな坂、 |
源聖寺坂→松屋町筋から上がっていく、上り口に浄 土宗源聖寺からこの名前がついた、周辺は寺寺寺! |
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| 学園坂→下寺町2との境界を東へ上る坂、大阪女子 学園の南を通過することから名づけられた |
口縄坂→下から写すと坂道の形態がくねくねする蛇 (くちなわ)を思わせるところから名づけられた |
口縄坂→上から写すと。左側にこの地で生まれ「夫 婦善哉」の作家として有名な織田作之助の文学碑 |
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| 藤原家隆の墓→新古今和歌集の選者として知られ、 藤原定家と並ぶ鎌倉時代の歌人の墓、五輪塔がある |
愛染堂(勝まん院)→聖徳太子が四天王寺を造営した 時に施薬院として作った寺、桃山時代の建造物 |
愛染坂→下寺町2愛染堂の南側を松屋町筋へ、愛染 堂から名づけられた坂、参拝者の坂道 |
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| 清水坂→下から、ここ下寺町2を上がると玉出の滝が ある、真直ぐな坂の北側は星光学院、静かな坂道 |
天神坂→上から、怜人町と逢坂1との境界をなす坂、 坂を下った南側に菅原道真の安居神社がある |
天神坂→下から見る、よく整備されていて道幅も広く 環境抜群の散策ロードとしても格好の坂 |
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| 大坂夏の陣で戦った真田幸村の戦没地、安居神社の 境内にひっそりと碑がたたずんでいる |
安居天満宮の南が逢坂→坂は東へ四天王寺西門ま で神社には天王寺七名水の一つ、安居の清水がある |
四天王寺→西門から五重塔、593年に聖徳太子が 建立した日本仏法最初の寺院としておなじみ |
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| 三韓坂→空堀町・円珠庵より西へ空堀公園東南端 まで、円珠庵前に外賓接待の三韓館があったことから |
心眼寺坂→空堀町どんどろ大師前より南へ上がる坂 心眼寺は真田幸村父子の冥福を祈ってたてられた寺 |
あいどり坂→玉造2から森之宮中央1までの急な坂 で道幅も広い |