賎ケ岳・余呉湖・・・合戦の跡を訪ねて(2)
木之本町-北国街道うだつの町並み
2002年7月28日


 【北国街道木之本宿 】

江戸時代の主要道であった北国街道。その街道筋に当たる−地蔵のまち木之本−は、昔から北国脇往還と北国街道の分岐点にあって、江戸時代には木之本宿場として人馬の往来も激しく、旅籠や商家が軒を連ねていた。
古い街並みが当時の風状をそのままに残され、旧家の軒下の柱にはいまなお馬つなぎの金具が残り、うだつのある家並みは紅殻格子がよく似合ってい.る。また平入り瓦葺きの町家や妻入り町家の立ち並ぶ町並みは、往時のにぎわいを今にとどめている。日本の薬剤師の第1号といわれた薬店には往年の薬の看板が見られ、本陣跡もある。

木之本地蔵院

 木之本は柳本と呼ばれた昔から地蔵さんとともに生き、地蔵さんの門前町として栄えてきた。この地蔵さんは、むかし大阪湾に流れ着いた本尊を祚連上人がこの地に祀ったと伝える日本三大地蔵のひとつで、眼の仏様。「身代わりカエル」という伝説があり、お寺に住むカエルは多くの人々が眼の病気で困っているのをみて、「すべての人々の大切な目がお地蔵様のご加護をいただけますように」と自らが片方の目をつむることによって身代わりの願をかけたと言い伝えられてる。
 本尊にならった大銅像は、明治二十七年の建立の仏像。