岡山県高梁市
備中高梁市と
松山城を訪ねて
2002.09.04
【青春18きっぷを利用して】

城下町高梁市と
備中松山城
高梁市は、鎌倉時代の秋庭三郎重信によって仁治元年(1240)に臥牛山の山頂へ砦が築かれて以来、明治維新まで城下町として栄えてきた。それだけに幾度もの盛衰を繰り返しており、とくに三村元親と毛利、宇喜多連合の合戦となった備中兵乱は有名。天守の現存する山城としては480メートルで随一の高さ。天守と二重櫓は17世紀後半に建築された当時のままの姿で残っています。日本三大山城 の一つと言われており、国指定の重要文化財。現在は改築中。
平成9年4月には、本丸に五の平櫓・六の平櫓などが復元され、江戸時代の雄姿をよみがえらせている。
大手門跡 大手門跡から 岩盤の上に築かれた城跡     臥牛山のせまい山頂の城跡
城跡は階段状に山頂へ続く 改修中の天守閣(右奥) 左・六の平櫓 右・五の平櫓
城跡から見える高梁の街 白壁の続く武家屋敷   臥牛山のふもとの武家屋敷
臨済宗の頼久寺 頼久寺・山門前で記念撮影 臨済宗の頼久寺・山門