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| 5月4日(金) 歴史を訪ねて (1) |
「奈良・西の京散策ウォーキング」 薬師寺「井上郁夫画伯・大唐西域壁画」 唐招提寺、垂仁天皇陵、西大寺周辺散策 |
薬師寺へリンクしています 大唐西域壁画はこちらへ |
薬師寺東塔 |
★薬師寺は680年、皇后(41代持統天皇)が病気になられ、その平癒を薬師如来に託されたのが始まりで飛鳥・藤原京で創建されました。薬師如来とは文字どおり医薬兼備の健康を護って下さる佛様です。その後皇后は快癒され逆に夫に先立たれることになりましたが、夫の遺志を継ぐ形で持統天皇となられ寺を完成されました。「ご夫婦愛の結晶の寺」と言われる所以です。 寺地そのものは、平城京遷都にともなって藤原京から現在の地に移りますが、時代の波を受けて、七堂伽藍といわれた荘厳な建物のほとんどを失います。現在、創建当時から残っている建物は東塔のみになっていますが、昭和43年に般若心経を中心としたお写経勧進をあらゆる人々に呼びかけ、宗旨・宗派の枠を越えて心の安穏・健康を受けて頂きながら白鳳伽藍復興に参加して頂いています。 こうした心の安穏は薬師寺の宗旨である"法相宗の教え"とも関連し、その教えは唯識(ゆいしき)と呼ばれます。心のもつ様々な働きに目を向けた教えである唯識は、物質によって豊さを謳歌している現代人にとって、本当の幸せとは何であるかを考えさせてくれます。(薬師寺ホームページより抜粋して掲載させていただきました) ★大唐西域壁画・・平山郁夫画伯が30年の歳月をかけ完成された玄奘三蔵求法の精神を描いたもので、東の「明けゆく長安大雁塔」(中国)から始まり、西の「ナーランダのつき」(インド)で終わる七画面の構成になっています。中央の壁画に本尊として、雪を頂いた青空に映える真昼の須弥山、その左右は両脇侍として、高昌故城とバーミヤン遺跡、また東西の壁画には嘉峪関とデカン高原が描かれています。群青色に彩られた天井は、夜空になぞらえ無数の星が散りばめられ散華も舞っています。玄奘三蔵(600-664)は、中国の唐時代の高僧で特に唯識思想に関心をもたれ、それを極めるために身命を惜しまず国禁を犯して出国し、言語を絶する苦難の旅の末、インド・ナーランダ大学に学ばれました。17年間の求法の旅を終え、帰国後19年間で1335巻にものぼる膨大な経典を翻訳され、その他に「大唐西域記」12巻も著しており、唐時代の仏教ののみならず文化全体に大きな影響を与えました。玄奘三蔵は遷化されて長安(いまの西安)郊外に葬らわれましたが、昭和19年に中国政府から日本仏教会に分骨されました。薬師寺は、玄奘三蔵の求法目的である唯識を教義とする法相宗の大本山です。さらに薬師寺の白鳳時代の伽藍様式は「大唐西域記」の記述に基づいたものであり、それ故に玄奘三蔵を顕彰することを願い、昭和56年にご頂骨の分骨をいただき、平成3年に玄奘三蔵院伽藍を建立しました。(薬師寺パンフレットより) |
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| 薬師寺金堂 | 玄奘三蔵院伽藍(大唐西域壁画) | 薬師寺金堂と西の塔 |
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| 世界遺産石碑「唐招提寺」 | 鑑真和上石廟 | 唐招提寺南門 |
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| 西の京から若草山をのぞむ-近鉄橿原線 | 西の京・垂仁天皇陵-南北220m | 西大寺本堂 |