歴史を訪ねて
第3回 奈良・斑鳩方面
聖徳太子の足跡探訪
「中宮寺・法輪寺・法起寺」
2001年6月10日
つつましやかな中宮寺入り口、法隆寺夢殿の北側にある                   中宮寺
聖徳太子の御母、穴穂部間人皇后(あなほべのはしひと)の宮の冥福を祈り。その御所(中宮)を聖徳太子が寺にしたといわれ、創建当時から尼寺。当初は現在地より500mほど東にあった。本尊の「弥勒菩薩像」(如意輪観音)は、モナリザ、スフィンクスと並ぶ「世界三大微笑」のひとつとして有名。また東洋美術の「考える像」で有名な思惟半か」のこの像は、飛鳥時代の彫刻の最高傑作であり、わが国美術上、欠かすことのできない地位を占める作品といわれている。
新本堂・高松宮妃殿下の発願により、吉田五十八先生が設計され昭和43年に落慶した。耐震耐火の建物で、池の中に浮かび上がる華やかな薄黄緑色の屋根の本堂は優雅さと尼寺らしいつつましやかさを備えた格調の高さを誇り、池の周囲に四季折々の花木を配して斑鳩の里にふさわしい女性の寺院としての雰囲気をもたせている。(左の写真が本堂)

天寿国曼荼羅繍帳・聖徳太子の御妃橘大郎女が、なくなった太子を嘆き、宮中の女に太子が往生している天寿国という理想浄土のありさまを刺繍にさせたもの。

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            法 起 寺
        (世界文化遺産登録)


606年(推古14)、聖徳太子が法華経を講節したという岡本宮を寺に改めたものと言われ、太子建立の七カ寺の一つ。日本最古の三重の塔。斑鳩三塔の一つで田園地帯の中にたたずむ落ち着いた雰囲気の寺でもある。

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法起寺の入り口
国宝の三重塔と講堂 入り口から三重塔、左に聖天堂
聖天堂 講堂・ご本尊は、木造十一面観音菩薩立像(重要文化財)
         法輪寺

聖徳太子の病気の平癒を祈願して622年(推古30年)、子の山背大兄(やましろのおおえのおう)が創建したという古刹。法隆寺、法起寺とともに斑鳩三塔と言われる三重の塔は、昭和50年に作家・幸田文さんの尽力で再建。講堂内には、薬師如来、十一面観音菩薩など、飛鳥から平安時代にかけての仏像が安置されている。

今回の歴史を訪ねてのウォーキングでは、時間がなくて入り口で写真を撮っただけ、改めてゆっくりと訪ねたいお寺です。
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