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ロマンあふれる源平の古戦場”壇ノ浦”展望・屋島散策ウォーク 
2003.8.31 ウォーク仲間6名(男2、女4)
JR大阪駅8時出発→姫路→岡山【マリンライナー】瀬戸大橋→高松駅→玉藻公園→さぬきうどん「こんぴらや」→琴電屋島→【ケーブルカー】→屋島散策・談古嶺→遊鶴亭→屋島寺→血の池→【ケーブルカー】→琴電屋島→高松築港→【宇高フェリー】→宇野港→JR宇野→岡山→網干→新大阪駅21時45分着 
屋島は海抜293メートルの半島形溶岩台地で頂上部が平坦で、その形状が屋根に似ている所から屋島と名づけられたという(右→)
 ↑瀬戸大橋からのながめ

瀬戸大橋を通過中のJRマリンライナー車窓から瀬戸のながめ穏やかな海峡に島々が次々と現れて楽しませてくれる

 ←JR高松駅で四国上陸?記念撮影

かってサラリーマン時代に宇高連絡船を利用してよく訪れた四国の玄関口高松、駅周辺はすっかり近代的な建物にかわり大変貌。
ここでまず四国への第一歩の記念撮影、企画者の今井さんと青春18キップ大好きマーガレット隊の面々、撮影は山崎。さあ、行こう!
 ←玉藻公園(高松城跡)

瀬戸内海の海水を引き込んだ全国でも珍しい水城である高松城跡を昭和30年に公園にしたもので、築400年をこえてその美しさを保っている石垣や大正時代の面の残る披雲閣、市木である黒松を中心とした枯山水の庭等が見どころ。玉藻とは、讃岐の枕言葉。
高松駅前から正面にすぐ位置する玉藻公園、まるで東京駅と皇居の関係みたいな、そこにあることで街に安らぎと落ち着きを感じさせてくれる。高松の人々にとっはぜいたくな玉藻公園、今回は時間の関係で公園内へは入らなかったが・・・今度ゆっくり園内を歩きたい。

 ←高松城艮櫓(うしとらやぐら)
北東の守りの要だったもので、三層三階・入母屋造・本瓦葺で、初層に大きな千鳥破風があるのが特徴です。昭和25年に重要文化財に指定されました。
      高松城(玉藻城) 
高松城は、天正15年(1587)豊臣秀吉から讃岐に封ぜられた生駒親正がこの地に城を造り、その後4代54生駒家の子孫が城主であったが、寛永19年に徳川家康の孫で水戸の徳川頼房の子、松平頼重(黄門様で知られる水戸光圀の兄)が藩主となり東讃12万石を領しこの高松城に入り、明治2年の版籍奉還までその子孫が11代228年間松平藩の居城として在城した。北側は海、残り三方の濠に海水を引き入れめぐらした日本三大水城の一つ。

地元の足・琴電と片原町駅 玉藻公園に隣接、琴電始発の高松築港駅
    讃岐うどんの店「こんぴらや」
うわさの「さぬきうどん」へ青春18隊は突撃。
ぶっかけうどん大盛り+かきあげ+散らし寿司を腹いっぱい食べて580円、安い、美味い!満腹・満足の面々 
    ←屋島ケーブル

山麓から屋島頂上まで858メートル、5分。「弁慶号」「義経号」の二台。途中ですれ違いながら運行している。

    屋島合戦史跡めぐりの道 ↓

島はなだらかな史跡散策コースが整備されておりウォーキングにも最適。青春18キップ隊はセミの合唱に励まされながら緑の中を軽やかに行く
     壇ノ浦の古戦場(写真左下↓)
      談古嶺(写真右下↓)

屋島三大展望台の1つ、談古嶺から源平の合戦の古戦場「壇ノ浦」が眼下に一望できる。
那須与一の扇の的、義経の弓流しは写真下右の奥のほうに位置する。下の写真では湾を右に入ったあたり。

    平家の船隠し(写真左下↓)

写真下の右前方の半島あたりに平家の泊地「船隠し」があったといわれる入江、平家の軍船はここに船を隠し屋島に攻めてくる源氏を迎え撃つには格好の場所だったらしい。談古嶺からは「屋島合戦」の舞台が見張らせる景勝地。

ずっと向こうに横たわっているのが小豆島。  
           ←屋島城跡

屋島は原始・古代以来備讃瀬戸の交通の要であり軍事上の要衝であった。 「日本書紀」天智天皇6(667)年11月の条に「讃岐国山田郡の屋嶋城・・・・を築く」
とあるように、白村江の敗戦により対外的危機感が高まるなかで、屋島にも朝鮮式山城が築かれた。

獅子の霊巖展望台から近い山上の西側から眼下に高松港から市街地がのぞめる。
         獅子の霊巌→

屋島山上は瀬戸内海の眺めがいいのが西端に位置する獅子の霊巖展望台。ここからは、断崖に突き出した巨岩の形が獅子の頭に似て海に向かって吼えているような獅子そっくりの岩がそそり立っていいるのが見られる。屋島寺を一日のうちに創建しようとしていた空海がこの岩で沈みゆく夕日を手で振り仰いだところ、再び、中天高く上り、1日のうちに屋島寺が完成したという伝説もある
      女木島(左)、男木島→
霊巖展望台から女木島(左)、男木島(正面)が見られる。女木島は桃太郎伝説の鬼が住む鬼ヶ島といわれるロマンあふれる島 
←壇ノ浦の合戦の石彫りの記念碑

屋島寺の境内におかれている
       ←屋島寺・仁王門
       西国88所 第86番札所 

四国霊場第84番の札所・屋島寺。754(天平勝宝6)年、鑑真和上が北嶺に創建し、後に空海が南嶺に移したと伝えられている古寺。本堂と梵鐘は国の重要文化財。
源平合戦の遺物を収蔵する宝物館や名勝・雪の庭も見学できる。遊歩道からは仁王門、四天門をくぐると鐘楼、本堂、宝物館がある。
           瑠璃宝池→

別名「血の池」、屋島寺創建の時、宝珠を埋め、その周りに池を掘ったという。源平の合戦の折、義経はじめ源氏軍が血刀を洗ったところ池が真っ赤に染まったといわれている。実際に訪れてみて湖面の水が赤っぽく見えたのは気のせいでもないと思うが。なんとなく不気味な雰囲気が漂っていた。
     ←高松築港・フェリー岸壁

瀬戸大橋の開通で高松と宇野を結んでいた大動脈の
JR宇高連絡線がなくなった。しかし、運賃の安いフェリーは健在のようでたくさんのフェリー会社が競っているみたい。そのフェリーに乗って久しぶりに50分の船旅を楽しんだ。見える瀬戸の景色は昔のまんまだった。
屋島山上から 正面が女木島、右が男木島、手前右が獅子の霊巌
宇高フェリーから高松市街、正面の高層ビルが高松駅前
フェリーから 正面が男木島、右が女木島(鬼が島)
フェリーから西を はるか正面に瀬戸大橋が見える
JR宇野駅舎
JR茶屋町駅サンセット