2005.5.16(月) しまなみ海道・潮風ウォーク
        第三区 瀬戸田港→大島・宮窪港
★瀬戸田港→耕三寺→平山郁夫美術館→【しまなみサイクリングコース→サンセットビーチ→【多々羅大橋】→【大三島】→道の駅・多々羅しまなみ公園→「37号線」【大三島橋】【伯方島】→道の駅・伯方SCパーク→因島フラワーセンター→【伯方・大島大橋】→【大島】→宮窪港ゴール18時38分 (39,149歩 27.4キロ)

                 しまなみ海道・潮風ウォーク・コースの足跡 
4月10日(日) ●JR尾道駅→国道2線→【尾道大橋】→(向島)→小歌橋フェリーのりば ★コース紹介ページはこちらへ
5月15日(日) ●小歌島橋フェリーのりば→(向島・向島町)→【因島大橋】→(因島・因島市)→いんのしまフラワーセンター→【生口橋】→(生口島・瀬戸田町)→瀬戸田港ゴール   ★コース紹介ページはこちらへ
5月16日(月) ●瀬戸田港→耕三寺→平山郁夫美術館→【多々羅大橋】→(大三島・上浦町)→【大三島橋】→(伯方島・伯方町)→【伯方・大島大橋】→(大橋・宮窪町)→宮窪港ゴール    ★コース紹介ページはこちらへ
5月17日(火) ●宮窪港→村上水軍博物館→石文化運動公園→(吉海町)→吉海町民館→【来島海峡大橋】→(今治市)→今治城→JR今治駅ゴール  ★コース紹介ページはこちらへ

2日目のスタートだ!快晴、絶好のウォーク日和、今日は三つの橋をわたるぞ!
【2日目】今日も快晴。まず朝食の前に今日のコースの確定と宿の確保が仕事?。2日目のゴールは1日目の足の具合を見て当日の朝に決めようと2ケ所を想定、宿のリストも用意してきた。左足のマメが気になるが身体に疲れはまったくないので2日目で少しでも距離をかせぐことにしてゴールを大島の宮窪港と決定。さっそく、携帯電話で宿の確保。あとは26キロ先のゴールまで歩くだけ。しかし足のことは心配。琵琶湖一周のご褒美に買ったくつがやや小さくて左足が窮屈、いつも二枚はく靴下が一枚しかはけないことがマメにつながったのかもしれない。マメの水を抜いてバンドエイドでしっかりと固定。朝食も魚がおいしい。今回のウォークで寄りたい3ケ所のうち耕三寺と平山郁夫美術館に寄ることにして8時半に宿を出て9時前に耕三寺へ、引き続きすぐ近くの平山郁夫美術館に行く。急いだつもりだが10時50分になる。昨日はゴール前でデジカメの二つ目のバッテリーが切れた、充電はしたが、今日は美術館で一つ目バッテリーがはやアウト。3年も使って能力がなくなっているのかなあ、3つの橋を渡るので残り一つのバッテリーは大事に。極力撮影はひかえることにして11時遅いコースのスタートになった。
↓8時前後、この桟橋には行列ができていた。宿のご主人に聞くと本土の三原市や尾道市への通勤する人たちだという。船で風光明媚な瀬戸を通勤するとは満員電車派にはなんとも贅沢なこと。高速艇で三原まで20分、尾道まで40分ほどらしい。↓港から今日行く大三島がはっきりと見える。
【耕三寺】
浄土真宗本願寺派の寺院で、初代耕三寺耕三和上が創建。亡き母への報恩のために得度、僧籍の道に入り創建した寺のため檀家のいない特異な寺院。子供の頃、西日光と聞いた記憶があり関心をもってきた。それぞれの建物が各時代の建築様式に似せて作られている。「世の母はみな観世音花の春」と猪たるところに掘り込まれており、母をテーマにした句も掘り込まれている。いろいろな顔をした地蔵の多いのにびっくり。↓下左-[本堂]平等院鳳凰堂が原形。↓孝養門、日光東照宮陽明門が原形。
【平山郁夫美術館】
瀬戸田出身の平山郁夫画伯の今日までの偉業を、生い立ちから現在までの活動を通して、少年時代の絵画、スケッチ、下絵の他、新作や貴重な資料やら、年代を追って様々な大作が展示されている。また、ハイビジョンで画伯の作品を見ることもできる。展覧会で見かけたことのある様々な作品も展示してあり、まさに平山画伯のすべてがここにあるような気がした。「私の持つ原風景は常に故郷の山であり海であり、また島のたたずまいである。私は故郷から多くの影響を受けました」と語られているそうです。↓下の左-平屋建で日本瓦葺切妻屋根の平屋建の建物が周囲と調和してで、入口に入ったとたん、安らぎを覚える。
ここでしか手に入れられないと思われる様々なはがき、書籍、作品もたくさん販売されており、紙製額入りの大橋のスケッチ絵の作品を購入した。多分、伯方大橋と月のスケッチではないかと思う。今回のウォークで買った唯一の買い物。平山郁夫画伯の高い芸術性と共に郷土の・歴史・文化を紹介することによって、芸術と文化の振興を図るために建てられた美術館という。↓ロビーの絵画★リンク平山郁夫美術館
耕三寺と平山郁夫記念館で予定時間を大幅にオーバー。瀬戸田港に戻り再スタート。↑11時52分

【しまなみサイクリングコースをすすむ、グリーンの道でわかりやすい。瀬戸田町は「しまごと美術館」をかかげているだけに、コースの道々にモニュメントがある。気をつけてみないとわからないが・・・海辺にちょっと不思議なものがあるな・・・というものが大抵はモニュメント。近くに行って撮影したいのだが、先を急ぐので残念だがパスしてすすむ。

廃校になった小学校の前をとおる。はるか向こうに多々羅大橋の斜張が見えてくる。昼前、かんかん照りの陰のない道路、暑い。
スポーツ施設と広い砂浜が広がるサンセットビーチ、12時をまわり日陰のない道が続き水分補給をひんぱんに。このあたりはレモンが生垣になっている。そういえば日本のレモンはここ瀬戸田が発祥の地と聞いた記憶がある。ちょっと一個失敬して歩きながらかじる、すっぱさがいいのか意外といける。このHPをレモンの持ち主が見たらお見逃しを!

↑道路わきには無人スタンドが夏みかんやレモンを売っている。左に見える島が「ひようたん島」←みかんの花が島の中腹まで広がり、白い花をつけている。ここはみかんの島だ。



←釣り人にシャッターを押してもらう。子供の頃、海辺でよく魚釣りをしたことをなつかしく思い出す。とにかく水が澄んでいて泳いでいる魚がみえる。

海岸線が出入りしていて橋が見え隠れするがあの高い塔(支柱)の先端だけは見える。もっとも期待した「多々羅大橋」にだんだんと近づいて全景が目の前に現れてくると思わず、きれいやなと口に出る。まるで鳥が羽を広げたみたい。一段と高い塔から両側に張られたワイヤーが楽器のハープにも連想できる。全景が取れないのが残念。12時26分。
[多々羅大橋]

世界一の斜張橋で中央の塔と等との間が890メートルある。この橋の美しさの一つは塔が高く(水面から226メートル)そこに張られたワイヤーが羽を広げたようにみえるところにある。どちらの島からみとも美しさは格別。見学客も多い。
 全長 1,480メートル 
 支柱間(橋の塔と塔との距離) 890メートル
 海面からの高さ 25メートル
 橋梁形式 斜張橋
 開通年平成昭和11年5月1日
世界第二位の斜張橋フランス・ノルマンディー橋と姉妹橋縁組している。広島県と愛媛県の県境になっている。

↑伯方島
←上ってきた歩行者道を見下ろす、どこもそうだが、この島はとくにみかん畑が山の中腹までを占める。きれいに手入れされ、白いみかんの花も咲いている。童謡「みかんの花」のイメージだ
↑橋の下をくぐり歩行道を上に上にと歩いて行くと途中に眺望のきく休憩所がある。ここで一休み。180度のパノラマ瀬戸内海、すばらしい景色、しまなみの休憩所でもここが一番のお気に入り。向かいに今日の後半歩く伯方島の豊かな姿がはっきりと見える。
↑「多々羅大橋鳴き龍」主柱(タワーの所で、手をたたいてみてください。ふしぎなことが起こります。と書いた紙がはられ、横に拍子木が置かれている。昔、夜回りでたたいていた拍子木をこんなところでたたくとは・・・たたいてみると、あれ不思議・・・支柱の頭部にこだまするのか音が反響して広がっていく。 ↑右上の写真は、その支柱の天井部分を下から写したもの。高い。↓橋上から
広島県から大橋を渡りきって愛媛県大三島の[上浦町]へ。休憩所からの多々羅大橋の姿も美しい。ここからさらに展望台へ行く。ここの展望台は360度が見渡せる。夕べの宿で出たたこ飯の残りをもってきたのでそれを昼食代わりに。食事はあまりほしくない。耕三寺前で買った夏みかんと少しばかりのたこ飯で昼休憩。とにかく暑いし、右足の裏に痛みが出てくる。くつを脱いで休める。
渡り始めて、渡り終るまで途中休憩も含めて約1時間10分かかる。13時46分。
↑橋を下っていくと右側に書家の村上三島記念館、左手に道の駅・多々羅しまなみ公園の間に出てくる。ここは通り過ぎていく。写真真ん中の小さな島に「甘崎城跡」があるらしい。向かいはこれから行く伯方島。ここから右へ鼻栗瀬戸になる。疲れと暑さで海岸の防波堤の影で水分補給と足の点検?の休憩。できることなら痛む足を水につけて冷やしてやりたい。15時8分。
↓大三島橋をめざして県道317号線をさらにすすむ。時間のおくれが気になるし足も痛い。桜の木に小さなさくらんぼうがたわわに色づいているのを発見。紫色に熟した実を食べてみる。子供の頃、よく食べたあの味、なつかしい。↓
向かいは伯方島の開山公園。おだやかに見える海面も時間とともに急流になる狭い鼻栗瀬戸。タグボートにひかれて船がすすむ。なんとも穏やかな風景だ。航行する船を見ていてもあきない。いよいよ大三島橋をわたる。15時53分。
【大三島橋】
本州四国の連絡橋として最初に架けられた橋。
大三島の上浦町と伯方島の伯方町との間、鼻栗瀬戸にかかっている。白いアーチ型の重厚なたたずまいが海峡に入り込む周辺の木々の緑とマッチしてきれい。鼻栗瀬戸は船の航行も多く、ここも航行の要衝なんだろう。おだやかな島々の豊かな姿が目癒してくれる。ここは大三島側、伯方島側とも橋にいたるまでのだらだら上り、下り道がやや寂しいとこかなあ・・・出あったのはサイクリングしている人のみ。 
      全長  328メートル 
      アーチ部  297メートル 完成当時は日本一。
      海面からの高さ 26メートル
      橋梁形式 アーチ橋
      開通年 昭和54年5月13日


なぜか橋の左端は歩けない。歩道は橋の中程に押しやられている感じで折角の橋から下の海峡をみることができない。がっかりだ。
なぜ゛ろう?
物を捨てる人がいるからか・・いろいろ想像しなからあっという間に渡り終える。背丈の低い橋を正面から見ると違った美しさがある。


この橋だけ、まったく歩く人の姿はみなかった。
橋を渡ると[伯方島・伯方町]、「通行のスタンプ」を探すが見当たらない。もしかしたら、渡る前にあったのかもしれない。しかし、時間的にも後戻りできないので思い残しながら先を急ぐ。サイクリング車で通過する人をみながら歩行者入口までの曲がりくねった山の中の道を下っていく。しばらく歩くと突然、前方にクレーンが見えてくる。近づいてみると造船所だ。大きな船の建造中、向こうに伯方大橋が見える。大島だ。きれいに整備された伯方の町を行く。道幅も広く落ち着いた町並みが印象的、ここは塩で有名な伯方島。コンビニを見つけて、水とプリンを購入。足の保護用にくつ下を探すがない。仕方なくまた歩き始める。陽は傾き夕暮れ前の静かな通りをすすむ。伯方SCパーク、きれいな海岸の伯方ビーチ前を16時59分に通過。もう17時だ。宿には18時到着と言ってあるので30分くらい遅れることを電話する。目標は18時まで1時間、距離的には頑張れば可能だがなにしろ足の痛み・・・マメをカバーして歩くためにすすまない。もう無理はしないでゆっくりと歩くことにする。一番歩きやすいくつを履いてくるべきだった。
[伯方・大島大橋]

伯方・大島大橋は[伯方島]と[大島]との間にある見近島をまたいだ橋。伯方島と見近島の間にかかるのが桁橋様式の[伯大橋]、見近島と大島の間が吊橋の[大島大橋]。
 全長 1,230メートル
       伯方橋  325メートル
       大島大橋 903メートル
 橋桁間(橋の塔と塔との距離) 560メートル
 海面からの高さ 26メートル
 橋梁形式 伯方橋 桁橋 斜張橋
        大島大橋 吊橋
 開通   昭和63年1月17日

←手前が[伯方橋]、真ん中の見近島から吊橋の[大島大橋]
↓下左 橋の上の伯方町・宮窪町の境 ↓大島大橋
伯方島を渡り終えて今日のゴール、泊まる[大島]の[宮窪町へ。18時10分。夕闇せまる瀬戸、橋の表情も変わる。航行する船の姿が多く見られる。写真では撮ることができないが、随所に渦がまいていて流れの速さ、複雑さを感じる。もっと激しくなってくるのだろう。薄暗くなった道を宮窪港をめざして最後の歩きをする。↑↓ 振り返るといま渡って来た大島大橋の夕暮れがきれいに。
↓村上水軍の拠点があったという「能島」小さな島だが、まわりの潮の流れが渦巻き、早く、難所のために敵の船が島に近づけなかったという。こちらから300メートルほどか・・・・。やっと宮窪町に入ってくる。ほっとする。右下、渦が発生し始めている。
  海面上がどんどん変化し渦が始まっている。
18時38分。宮窪港の一角にある宮窪町商工会館観光案内所に無事に2日目のゴール。このあたりは民宿が並んでいる。
18時45分に宿へ。
耕三寺、平山郁夫美術館行きも入れて (39,149歩 27.4キロ)  (除いて 35,109歩 25.3キロ)

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