新選組の跡を訪ねて らくらくウォーキング
                2004年6月6日(日)7名

★阪急四条烏丸駅→新徳寺→八木邸→壬生寺・壬生塚→前川邸→光縁寺→京都文化博物館(新選組展)→錦市場→坂本竜馬・中岡慎太郎遭難の地(近江屋跡)→池田屋跡→坂本竜馬寓居跡(酢屋)→三条大橋→祇園・花見小路→石塀の路→高台寺前・維新の路→翠紅館跡→京都霊山護国神社→坂本竜馬・中岡慎太郎の墓→霊山歴史館→五条大橋→五条通り→烏丸通り→JR京都駅
  祇園・花見小路→石塀の小路→維新の道 をこちらへ  
新選組、第一屯所になった八木邸入り口、見学者の列列・・

壬生の名水
(鶴寿井)
新選組の志士たちも飲用したという名水、いまも使われている。


志士たちも休んだという八木邸の庭石
 八木家が経営する鶴屋・鶴寿庵(下左右4枚)  店内は「誠」であふれて
壬生寺本堂   新選組隊士を祀る壬生塚
ちょっと説明するぞ!ここ壬生寺はなあ・・  壬生塚内の ああ新選組 歌碑前で
壬生寺・千体仏塔 明治時代の京都都市計画の際、市内から集めたもの パゴダを模している

壬生寺入り口では新選組隊士に扮した俳優が出迎えてくれる。記念撮影もOK。
この浪士さん、結構なイケメン?おばさん達に囲まれてもてもてだ。
誰や、サインしてくれというたのは!




前川邸の正面から
玄関までは入れるが邸内には入れない。

池田屋騒動のキッカケになった古高俊太郎の拷問のあったところ。山南敬助が脱走罪で切腹させられたところでもある。


らくらくウォーキングクラブ浪士隊6人衆 よーくみると あやしいのが一人 前川邸で
京都文化会館で開催中の「新選組!展」を見学  左は明治の赤レンガ建築の別館(三条高倉)

京都の台所、錦市場を通って

近くのうどん屋で昼食、今回は弁当なしの外食にした。

三条河原町通りに面した旅行会社前にある「坂本竜馬と中岡慎太郎の遭難の地」へ。土佐藩後用達の醤油商、近江屋跡で主人は、勤王の志士に何かと手を差しのべていた。1867年(慶応3年)11月15日、2階で刺客に襲撃され死ぬ。
中岡慎太郎は、竜馬の盟友で薩長同盟に尽力、陸援隊隊長。

京都最大の繁華街、写真撮影に苦労する。


坂本竜馬寓居の跡。竜馬はが常宿していた材木商の酢屋。海援隊の京都本部でもあった。

1721年創業の材木商で現在、1階は創作木工芸品を販売、竜馬が住んでいた2階はギャラリーになっている。

前の通りが「竜馬通り」


池田屋騒動之址

旅籠の池田屋は長州藩の常宿だった。1864年(元治元年)6月5日、新選組は池田屋を襲撃する。都を火の海にしょうとしていた過激浪士の計画を未然に防ぎ、新選組は幕府から600両の褒賞金をもらう。
この騒動により、新選組は天下に名前を知らしめることになった。

現在は、三条大橋の手前、パチンコ屋の前に「池田屋騒動の址」と刻まれた石碑が立っている。ここも人通りの多い三条通り、撮影に苦労。
あれ、なんや?!
竜馬どおりから高瀬川にかかる大黒橋の上、なにを見てる・・・

さあー、行こう、コースはまだ半分だ!
それにしてもむし
暑い!

三条大橋手前の弥次さん、喜多さん(写真下)の前を通り三条大橋を渡る。

写真右は、四条大橋のたもとに立つ阿国歌舞伎を広めた「出雲阿国」の像。

左は鴨川にそって四条へ、日陰をもとめて休憩。
祇園・花見小路
われわれが入れるところではないが昼間は観光客で一杯の花見小路。写真右は「一力亭」1863年(文久3年)、ここで公武合体派の薩摩、会津、土佐などの藩士による会合が開かれ、近藤勇も局長として参加、幕府を助け、攘夷を断行すべしと発言。
                       石塀小路を行くらくらくウォーキング隊
粋紅館跡 倒幕派の桂、久坂、武市等が密議した所 京都霊山護国神社への参道
霊山観音 維新の道
坂本竜馬、中岡慎太郎の像  坂本竜馬、中岡慎太郎の墓にお参り
明治維新の志士らが眠る京都霊山護国神社 霊山歴史館、大新選組展を開催中