のんびりゆっくり 東海道シリーズ-19
2008.11.15 藤枝→岡部→丸子

14日、15日の二日間、東海道五十三次ウォークシリーズ
(静岡県島田市金谷宿から静岡市丸子宿まで)

二日目、11月15日(土) 
藤枝宿(静岡県藤枝市)→「岡部宿」(岡部町)→丸子宿(静岡市)

6時起床、7時からホテルで朝食。


コースの逆の位置にあるJR藤枝駅へ行ってみた、新しい駅だ。


駅前からきれいに伸びているれんが道商店街をまっすぐに今日のスタート青木交差点へ向かう。曇り空、7時55分、スタート。


今日のコースは、ここ藤枝から岡部、丸子まで歩いてゴールは丸子一里塚に17時。そこから最寄りのJR安倍川駅まで歩き、東海道線で静岡へ、18時くらいの新幹線で帰阪したいと思っている。
ただし、丸子宿の丁子屋でとろろ汁を食べたいので多少は遅くなるかもしれない。

人通りのない街道を気持ちよく歩く、瀬戸川にかかる勝草橋の手前にきれいに整備された志太一里塚と秋葉常夜灯がある。日本橋から50番目の一里塚。


橋を渡って藤枝商店街こだわり街道というきれいな道をすすむ。街灯にかけられた一店逸品ののぼりが統一されていて、これが延々と続いていく。

ここらに宿場の西の入口、西木戸門跡があったらしいが、道路反対側の通りであとから気がついた・・・・朝からドジっ!

少しすすみ左に入ると正定寺、ここには傘の形をした本願の松という有名な松があるということで寄ってみた。確かに横に這うように広がった枝ぶりはお見事。


それから右にゆるやかにカープしながらこだわり商店街が続いていく。各店には、旧街道を意識した木製の表示板がかけられている。
問屋場、本陣、高札場がこのあたりにあったらしく上伝馬には藤枝宿の道標が立っているのでこのあたりが宿場の中心だったのだろう。


通りの右をはいったところに大きな松が見えるので行ってみた。大慶寺というお寺で久遠のマツという高さ25メートル、周囲7メートル、日蓮聖人お手植えの松だそうだ。


旧東海道、いまは商店街こだわり街道をどんどんすすむ。この通りには、お寺が多い。神明神社、洞雲寺、蓮生寺、長楽寺、できるだけ寄って母の祈願を続けせていただく。

藤枝には、かって田中城という城があり、東西の交通の要衝であったため江戸時代は駿府城の西の守り城だったとか・・

その城跡を訪ねてみたくなり、地図では街道からかなり離れているが、行きたいという気持ちを大事に、予定外のコースをすすむ。途中に堀跡の印はたくさんあったが、城跡の碑はいくら探しても見つからなかった。学校の門の横に本丸跡の碑が立っていたのでもしかしたら学校内にあるのかも・・・


これは失敗だった、結局、探しても城跡の碑が発見できずに往復で50分、予定外の時間をとってしまった、これが後々にひびくことになる。

何事にも興味を持つのはいいことだが、知らない土地では、時間に余裕をもって先に進まないとだめだ、わかっているのだが。

いつの間にか空があやしくなってきた、いつ、降ってきてもおかしくない。前回の袋井で雨に遭って困ったことが思い出されて気になる。

とうとう降ってきた・・・
急ぎ足に切り替えて成田山新護寺、天理教の前を通りしばらく歩いて向い側の道にあるはずの藤枝宿東木戸口を素通りしてきたことに気が付き引返すが見当たらない・・・もう少し戻って探したかったが、雨が気になって諦めて先を急ぐ。

このあたりが藤枝宿の東入口であったということ、ずっと歩いてきた街道は、ほぼ、昔の通りのままだそうだ。

さらにすすむと道路拡張工事で街道は迂回させられおまけに大きな開発がおこなわれて地図と現地が一変していてわからない。

思案していると、なんと、すぐ近くで交通事故が発生、車の前部がペチャンコになっている・・・
危ないぞ、危ないぞ、歩いていていつも一番怖いのが車、先を急ぐ。

いつの間にか小雨になっていた。それに昨日痛みがあった左足の甲の痛みがきつくなってきた。これから向かうのは、市外の岡部宿、峠越えして丸子宿、困ったなあ・・・

傘のことは後にして、足の状態を見ておきたくて、葉梨川の八幡橋のふもとのお地蔵さんの前に座り込んで歩行休止。
痛みのある左の靴と靴下を脱いで、貼っていたテープをとってみると甲の部分が赤くはれている。やっぱり、靴が小さいんだ。

マイカー(手押し車)で通りがかった老婆が”どうしました?”と声をかけてきた。
”豆ができたので休んでいるところです、大丈夫です”と笑顔で答えた。
自分の足だけでは歩けない老婆に心配かけさせてどうする!
でも、うれしい、なんだか母のように思えた・・・・。


朝、出かけ前に甲に貼っていたテープが効いていないのでもう一枚はって甲と直接接しないようにしてみた。

これでしばらく歩いて行くがやっぱり駄目。小さな休憩所で、左足の厚手の五本指の靴下を脱ぎ、薄手の靴下に変えてみた。どう?左右違いの靴下、もしかして、これ流行するかも・・・


横内という地区に入っても小雨が続く、コンビニも店もないので傘はない。ここでも一里塚探しに行ったり戻ったり。時間は大幅に遅れてしまった。

この地方は柿の生産が多いのか、道端の無店舗販売がたくさんあってうっかり買ってしまった。大好きな柿三個入り、100円、背中がずっしり重くなった。足が痛いというのに懲りない。


この地区の家々には、昔の屋号が大きな木板に書かれているその名前を見ながら、何屋かなと連想しながら歩く・・・足の痛みからなんとしても気をそらさないと。↓?


岡部の松並木が見えてきた、岡部宿だ。


先週、ここの観光協会に電話で尋ねた時、応対してくれた。人が、ぜひ、寄ってくださいと言ってくれたのでドアに手がかかったが、時間のことを思うとじっと我慢。その代わり電話で聞いた「五智如来」には会っておいた。この五智如来に関する伝説があるのだがここでは割愛する。


岡部の町は、とても奇麗な街で商店会のがんばれ岡部町、輝け岡部町というおおきな上りが街道にずっとかけられて元気を感ずる岡部町と感じた。来年は藤枝市と合併するらしい。がんばれ岡部!

1号線から一筋入った道をすすむと小野小町の姿身の橋という小さな橋が?
なんでも小野小町が東へ行く途中、この岡部宿に泊まり、この橋の上から夕陽を眺めふと水面に映る長旅で疲れ果て昔の面影を失った自分の老いの身を見て嘆き悲しんだという伝えがある橋。

岡部公園についたのがちょうど13時、昼食をしていないが、カバンの重量を少しでも軽くするために朝仕入れた好物のドーナツと大きな柿一個を食べて昼ごはんの代わりにすることにした。あとは、丁子屋のとろろ汁までがまん◎。

左足の痛みがひかないので、インソールを左だけとって歩いてみるとこれならなんとかなる、ただし、右が高くて左足が低い、微妙に差だがバランスが悪い。しかし、このまま峠越えをして最後までなんとか歩くこと
はできた。

誤解があってはいけないので・・靴に問題があったのではなく、靴のサイズが合っていなかったということ。これまで50キロは履き慣らしてきたが、多少、小さいかなあと感じていたのでそれがはっきりしたということだ。

すぐ近くの旅籠屋柏屋へ寄った。ここは、岡部宿を代表する旅籠で、現在の建物は、天保7年に建てられたもの。いまは建物そのものが資料館として当時の生活ぶりが一目でわかるようになっている。
平成10年に国の登録有形文化財に認定されている。


奥に店があって食事もできるので、ドーナツと柿を食べたばかりなのに、うっかり?おでんの匂いにつられて注文してしまった。350円で6個、みそ味風でやや辛味だったがおいしかった。

お店のおばさんが話かけてきて、これから行く先の地図を持ってきて丁寧にボールペンでチェックポイントを記してくれて大助かり、途中から応援?のおばさんも入ってきてあれこれとアドバイスしてもらって・・・頭、こんらん。30分も過ぎてしまった。


まあ、こういう出会いが楽しい思い出、急いでただ歩くだけではつまらないと思う。おばちゃん、仕事の手をとってすみませんでした。おでん、おいしかったよ。それにしてもかなり遅れてしまったので急がないと。

しばらく1号線にそってすすみ、いよいよ間の宿、宇津ノ谷へ向かう道へ。ここで道を間違えて最初の急な坂道を登り茶畑に出てしまう、さすがに足も痛いのでかりかりきた。

宇津ノ谷までの誰もいない峠道は、雨空のせいもあって暗くて慣れていないとさびしい道だが、熊野古道でこういう道にはなれているので平気。


吉野修行の道で教えてもらった

 さんげ さんげ ろつこんしょうじょう

と繰り返して上リ下りしながら落ち葉の道をすすむ。


やがて、眼下に目的地の古い宇津ノ谷の集落が見えてきた。


そこは、昔の宿場の雰囲気が残るちいさな街道、坂道の両側に並んでいる家々には屋号がついている。なんだかほっとするような、静かさの中で、リュックにつけた鈴の音が妙に大きく響いていた。

下りの真ん中当たりに御羽織屋が見えてきた、ここはもと茶屋だったらしくて天正18年(1590)に豊臣秀吉が小田原攻略のときに寄り、陣羽織を与えたという紙子の羽織が所蔵されているそうだ。


それからは1号線につかず離れずで一路丸子宿をめざしてすすむ。次の目的地は、丁子屋、ここの名物とろろ汁を食べるのが楽しみ。

16時を過ぎ1号線もすでに明かりがついて夕暮れになった。


宇津ノ谷を出てから約1時間、やっと丸子宿についた。
16時32分になっていた。


丁子屋についたのが16時35分、あたりは薄暗くなっていて丁子屋にも灯りがついてとても雰囲気のいい藁ぶきの店だ。


食事をすれば17時を過ぎるので今日はここをゴールにした。

食べたメニュー「つたの細道」
おひつに麦御飯が入っていて、麦御飯にとろろをぶっかけてつるつると音をたててお茶漬けのようにして食べる。おひついっぱい、全部食べた。大きな茶碗三杯で不思議といくらでも食べられた。評判通り、おいしかった。本日16時42分撮影の最新のもの。


満腹、勘定場の女性に”おいしかったです、これで満足して大阪へ帰れます"と口に出た。

”それじゃバスの時間をお調べします”

”いえいえ、安倍川まで歩いて行きます”

というと

”そちらに東海道の資料がありますからどうぞ”

と言った・・・

広重の本があったので買って出ようとすると先ほどの女性が、雨が降っているので100キンの傘ですが持って行って下さいという

資料をみてくれと言ったのは、その間に傘を捜しに行っていたのだ

そしてご主人が地図を持ってきて安倍川までの道を丁寧に教えてくれた

なにしろ外は真っ暗・・・外では地図はみられないのだ、たいした雨ではなかったので傘は固辞して失礼した。

さすがに丁子屋、おいしいのはとろろ汁だけではない。こんなにこころゆくおもてなし心がおいしさの素になっているのだとほのぼのとした気持で暗い夜道を小雨にぬれながら迷いもせずに安倍川駅へ着いた。
17時58分。
一駅先の静岡駅への電車が18時3分。
新幹線静岡発岡山行きのひかりが18時12分。

こんなにうまく接続するとは・・・20時には新大阪へ
新幹線で飲んだ缶ビールがおいしかったこと!

今回の二日間も楽しい、うれしい出会いの連続、東海道五十三次ひとりウォークは思い出をどんどん積んで行く。

丸子本陣跡


JR安倍川駅