目標 70歳の誕生日に東京日本橋にゴール 
3ケ年計画
2007.4.14 
京都三条大橋スタート
(67歳)

2010.4.13 
東京日本橋ゴール
(70歳誕生日)
   ★2009.6.30現在 静岡県三島市三島宿まで到達しています★ 


東海道五十三次に賭ける思い!
”なぜ、東海道を歩くのか?”と、よく聞かれます。これまでの足跡を振り返り、その回答になればと思って整理をしてみることにしました。

東海道五十三次を歩いてみたいという思いは、ずいぶん前から持っておりました。そもそも鉄道ファンで、若いころ、大阪から東京まで東海道線を各駅停車で往復したことがあります。その時に車窓から眺めた富士山にすっかり魅了されました。以来、新幹線で東上する時の座席はE席にこだわり、富士山をデジカメで撮影することが、仕事の前の仕事になってしまいました。もちろん、そう簡単に全貌を見せてもらえませんが・・・・。

              上の写真は新幹線車中からデジカメで撮影したものです。   
         リンク  ●gallery.fuji.15.10.29   . ●gallery.fuji-tokyo.16.2.4-5

富士山の美しさは、あの雄大な裾野の広がりがあってのこと、自分もあんなに心の広い人間になりたいと、富士山を見るたびにそう思うのです。しかし、現実の自分は、思いとは程遠いい人間で、恥ずかしい限りです。それでも、そういう人物になりたいという思いに変わりありません。昔の旅人も富士山のふところに抱かれ、見守られて東海道を歩いたのだろう、自分も同じように歩いてみたい、そう思うようになったのは、ウォーキングを始めた還暦を過ぎてからでしょう。
     
もう一つ、私が東海道に引きつけられた魅力があります。正月に行われる大学対抗箱根駅伝でテレビ画面から見るあの箱根8里の峠や、湘南海岸の美しい松並木です。自分の足で歩けたら、どんなに楽しいことか、また、歩けるだろうか・・・・そんな思いも持っておりました。

その思いが強くなったのが、64歳の時、大阪府関連の季刊誌で、シニアのウォーキングについて取材を受け、東海道を歩く計画があることを話したことが記事になったことです。この時から、具体的に考えるようになりました。

そして、66歳の秋に熊野古道を完歩(大阪から熊野本宮大社まで)。ついに東海道五十三次の順番がやってきました。なにの迷いもなく、自分の人生の大きな区切りである70歳の古希までに残された年月で、高い山と、広い海と、清い流れの東海道を楽しもうと決めたのです。

正月に東京から帰省してきた息子に、70歳の誕生日に日本橋にゴールするので、迎えに来て、写真を撮ってほしいと言ったら、途中まで迎えに行こうと言ってくれたことで確定しました。

      テーマを「のんびりゆっくり息子訪ねて500キロ東海道五十三次ひとり歩き」と決めました。


これまで、63歳のとき琵琶湖から大阪湾、64歳で琵琶湖一周、65歳でしまなみ海道、66歳で熊野古道を完歩してきました。琵琶湖一周と熊野古道の距離を合計した距離が、ほぼ、東海道の距離に近いこと、その2ケ所で費やした日数が25日でしたから、現地の遠い東海道の場合は28日くらいと見積もって、これなら3年あれば、ゆっくりと楽しく歩けるだろうという見通しをたてました。

琵琶湖も熊野古道も1年をかけて歩きました。シリーズで長い距離を歩くコツと、ひとりで歩く楽しみ方はつかんだつもりです。ひと月からふた月の間隔が、体力にも、準備にも、わくわくイメージをふくらませ、気持ちを高めていくにも、そして、前回の記録を整理していくためにも必要な時間で、私には、3年くらいがちょうどいい期間と思いました。

あとは、最初の一歩を踏み出すだけ。スタートの日は、もちろん67歳の誕生日の4月13日、カレンダーで確認すると木曜日ですでに仕事が決まっておりました。それがなんと滋賀県大津市の瀬田唐橋の中島にあるしが会館、なんとも不思議なめぐり合わせでした。それなら第1回目のゴールは、瀬田にしょう! 瀬田唐橋は、琵琶湖から大阪湾ウォークにスタートした地点、そして琵琶湖一周のスタート&ゴール地点でしたから、ほんとうにラッキーなめぐり合わせ?!ゴールの日は、もちろん3年後の2010年4月13日の70歳の誕生日とすることも決定。こうして概要がまとまりました。

ただし、3年ともなると、年々体力も落ちるだろうし、自分にも、周囲の状況にも予期せぬ変化があるかもしれないので、完歩することが保証されているわけではありません。しかし、距離的にも、感覚的にも、3年間にバランスを持たせて計画的に歩きたい。そう思って大雑把に3年を区分し、1年目だけは、細かな計画を立てて歩いております。

スタートの前日、4月13日の67歳の誕生日は瀬田唐橋の中島にあるしが会館におりました。そこで一緒に過ごしていた人たちに、”もしかしたら、明日、東海道五十三次ウォークに出発して、ここに来るかもしれない”と言って帰りました。曇り空で翌日の天気予報も芳しくなかったので、どちらかと言えば、無理だろうと思ってその日は就寝。
よく朝、9時前に目覚めて晴れているのにびっくり、あわて身支度して、新大阪駅から京都駅経由で三条大橋についたのが11時前。もし、誰かと待ち合わせをしていたら、大変だった。これがひとりウォークのいいところです。あわただしい旅立ちになりましたが、これもひとりの気楽さです。橋のふもとの弥次さん、喜多さんの像の前にいた青年に写真を頼んだら、神奈川県から京都にきたところという若者が快く引き受けてくれてしばし談笑した後、”気をつけて”という声に送られて長い旅の一歩を踏み出しました。
ウォーキング仲間にも、だれにも言わないでのスタートも自分らしいところかもしれません。こんな調子で始まった初回、瀬田唐橋でゴール後、昨日、予告しておいた人たちに顔みせて驚かせたのは痛快でした。
こうして、私の「のんびりゆっくり東海道五十三次ひとり歩き」は、静かに始まりました。歩きながら思うのです。3年もかけて、東海道の四季を3度も、それも別の場所で味わえるぜいたく、歩いてみてしみじみと感じています。富士山と対面できるのは、いつのころか。新幹線の車窓から眺める富士山を東海道の街道から見たらどんなに見えるのだろう・・・箱根峠はどうなんだろう・・・そのイメージを2年、3年とふくらませていけることは楽しくて仕方がありません。

東海道五十三次、およそ125里、約500キロにある53の宿場を、江戸時代の人は、早い人で12日から15日で、大名行列は3週間、弥次さん、喜多さんや女性は30日で歩いたらしいです。道の事情や、衣服、履きもの、食べ物等の条件は、いまとは比較にならないほど悪かっただろうに、それを歩き続けたのだから大変な難歩行だったに違いありません。その人たちの足跡をたどりながら、気楽に歩かせてもらえることは感謝以外なにものでもありません。
★3年と決めたもう一つの思い。

@一つのことに挑戦して、心身ともにぶっつけられる期間はせいぜい3年、また、3年も続けてみれば、なにかの結果は出せるでしょう。だから、あえて3年と、長く設定してみました。

A仕事で、よく3ケ年計画の必要を説き、作成することをすすめますが、自分も同じように作成をして、67歳でもチャレンジしていることを、とくに若い人に具体的に示して、行っている姿をみせることも大事です。あえて自分への挑戦です。

B東京で働いている息子に3年かけて会いに行きたい。親父が頑張ってるいる姿をプレゼントしたいのです。
不甲斐ない父親が子供に残す財産はなにもありませんが、一歩一歩、積み重ねることが努力の原点であることと子を思う親の真実の姿を記録に残しておいてやりたいのです。

★歩いていて楽しいこと。

@楽しいことばかり、街道に残る歴史に触れ、史跡を見てきたくて、それを探し出すのが楽しみです。
A写真で見た現地を自分の目で確かめられることは最高の喜びです。
B道中で出会う人との会話も楽しいです。自分から声をかけるようにしていますよ。
Cひとりおしゃべりをすることも楽しいです。
Dこれまでは、弁当を持っていきましたが、今後は、現地の食事をしたいですね。

★これから楽しみなこと。

@なんと言っても富士山の姿が、いつ、どこで見られるか。
A田子の浦海岸を富士山と駿河湾を両手に歩くこと。
B箱根八里、七曲りを歩くこと。
C松林の続く湘南の海岸、箱根駅伝のコースを歩くこと。
D最終日最終コースが、息子の母校前を通るので一緒に歩くこと。

★大変なこと、心配なこと。困ること。

@現地の地図を入手することが難しい。ネットや本の紹介も、東京→京都で、その逆はない。
A道をきちんと歩いているかという不安。
B道に迷ってしまったとき、聞く人がいないときは困ってしまう。
C地図と道、チェックポイントの確認をしながら歩くので結構大変だ。
D見ておきたい大事なポイントを見過ごしてあとから気がついたとき、しまった!ということもある。
E事故に遭わないように、常に緊張感と集中力を持続させるので疲れます。怖いのは車。
F観光地ではないので意外とトイレがないこと。
Gコース設定を交通機関と最寄駅との組み合わせで決めるので距離の調整がむずかしい。
Hやっぱり体調です。それと、足、とくにひざの状態には神経を使う。
Iコース、日程を三カ年でバランスよくすること。
Jなんといっても経費です。歩くことで充分、それ以外はとことん質素にすること。

★予期しなかったこと、驚いたこと。

@東海道五十三次の元宿場の地元の思い、これはびっくりするほど違う。保存やPRに一生懸命に力を入れているところもあれば、ほとんど放置状態のところもある。どことは言わないが、例えば道標とか看板、地図等、歩きやすいところあれば、逆のところもある。

A尋ねられて東海道五十三次を歩いていると言うと大抵の人が、驚かれること、そして、気をつけて!と励ましてくださる。もしかしたら、自分は大変なことをしているのかと錯覚をしてしまいそうになるが、昔の旅人のことを思えば、当たり前のことで・・・大いなる錯覚だぞ!

Bまた、尋ねられて同じように答えたら "年金生活でいいですね"と、ご婦人に言われたことが二度あった。一度目はムキになって否定したのが・・・。なんだか気楽に歩いているように見えるらしい・・・こっちは現役を続けていくための心意気も含めて心身の鍛錬をしているのだぞ!まっ、ええか!

★ここだけの裏話(失敗談)

@うーん、Y駅で女性トイレに間違って入った・・・しかもデジカメ持ったまま・・・。
A現地まで行ってデジカメのバッテリーがないことに気付き、中止して翌日に出なおしたこと。
B電車の平日ダイヤと休日ダイヤを間違えて1時間も時間をロスしたこと。
幸いに、いまのところ大きな失敗はしておりませんが・・・このままでは終わらないでしょう。

★うれしかったこと、うれしいこと。

@道を尋ねると地元の人が親切に教えてくれること。
A子供たちにあいさつをされたこと。
B自分の計画通り歩けるとうれしいです。とくに時間通りに完歩できたときは最高。


★これだけは守る・・・普段のウォークと同じ。

@極力、アルコールは飲まない。
A水分の補給を頻繁にする。
B心拍数のチェックをきちんとする。
C簡単なストレッチはやっておく。
D夏場は着替えをする。
E電車(とくにJR)は、特急、新幹線は使わないように。大阪・浜松間は、新幹線を使わない予定。朝一番電車に乗って乗継乗継、戻りも・・・戻れたらいい。
F見守ってくれているお地蔵さんには必ずお賽銭を。神社、お寺にも極力寄ってごあいさつを。


★いつも持って行くもの。

@地図、関連資料。
Aデジカメ。
B歩数計。
C心拍数の図れる時計。
D電車の時間メモ。時刻表。
E携帯電話。
F水。
Gバナナ。
H羊羹。
I弁当。
J夏場は必ず替え着。靴下。
Kタオルとハンカチ。
Lゴミ入れ用のビニール袋。
Mバンドエイド。
N筆記具-小型手帳-メモ。
O財布。
Pお守り(熊野本宮大社)、足のお守り、ランドセルのお守り。
Q身分証明書(緊急用の必要事項を書いた手製のもの)
R岡崎宿から鯉のぼり。


勝手なことを書きました。読んでいただいてありがとうございました。
お気づきのこと、ご感想、ご助言、なんなりと掲示板にお書きいただければうれしいです。
なにとぞ、見守ってください。よろしくお願い申し上げます。
                  2007.12.13  
 2008.5.13一部加筆)