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琵琶湖から大阪湾まで83キロウォーク 第二区 宇治川から淀川に沿って約27キロ 京街道(東海道57次 伏見・淀・枚方宿)を歩く 2002.11.16(土) 宇治橋→宇治川→観月橋→伏見→大倉酒造記念館→黄桜→寺田屋→伏見港→京大防災研究所→宇治川大橋→京都競馬場→淀城跡→御幸橋(宇治川)→木津橋(木津川)→八幡市・・旧国道1号線→橋本→三川合流地点→樟葉→牧野→淀川堰堤→天の川→京阪枚方市駅ゴール |
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| このコースの学習 リンクしています |
★宇治市観光にリンク ★伏見酒蔵にリンク ★伏見・寺田屋へリンク(昨年の記録) ★寺田屋にリンク ★伏見ヘリンク(8月の記録) ★天王山にリンク ★淀城についてリンク |
| ★宇治に始まるコースは伏見から枚方まで東海道57次・伏見宿→淀宿→枚方宿の京街道。まず宇治川にそって伏見へ、坂本竜馬が常宿した伏見宿の寺田屋、酒蔵の街を歩き、中書島から宇治川にそって堤防を歩く。左岸に巨椋池干拓地、やがて京都競馬場。このあたりは太閤堤とよばれ秀吉が築防のためたくさんの松を植えたという。宿場の名残りのある淀の街をめぐりながら淀城跡を訪ねる。やがて宇治川にかかる御幸橋、続いて木津川にかかる木津橋を渡り八幡市。橋からすぐ右に天王山、左に男山が見える。宇治川は八幡で木津川と合流、橋本で桂川と合流し淀川となる。橋本の家並みを横目に旧国道1号線を歩き、ゴルフ場を過ぎると、秀吉がつくり家康が整備した「文禄堤」を歩く。三川が合流し淀川となるところはかっては交通の要所として三十石船が往来。また、地形的に合戦のポイントでもあった。豊臣秀吉と明智光秀の山崎の合戦、天下分け目の戦いを繰り広げた天王山は京街道のどこからでも眺めるみとができた。★東海道57次・京街道=大坂夏の陣(1615)以後、幕府は東海道を大坂まで延長、その後、江戸幕府が伏見から大坂京橋までの京街道に伏見、淀、枚方、守口に4つの宿場を設けて57次となった。★京街道に並行する淀川は人と三十石船が往来し大坂と京を結ぶ重要な交通路として大変に賑わったそうな。(今回の参加者は4名) | |
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| 快晴の宇治橋 さぁ、スタート!参加者は4名 午前9時 | 清流宇治川にかかる宇治橋、現在の橋は1996年完成 |
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| 宇治橋は山崎橋、瀬田の唐橋と古代三大橋のひとつ | 宇治川を伏見に向けて下る、向こうの丘は伏見桃山方面 |
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| 観月橋から宇治川に浮かぶ三十石船が見える | 風情ある酒蔵の町伏見(月桂冠大倉酒造) |
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| 坂本竜馬が常宿していた寺田屋、幕末寺田屋騒動の舞台 | 酒蔵の町を三十石船が往来、豪川のふしみ港公園 |
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| 伏見港公園では遊覧船が楽しめる | 京阪電車と宇治川の間に続く堤防にそって歩く |
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| 宇治川南側は巨椋池干拓地、いまは一面のすすき | 淀城の石垣跡、1623年、徳川二代将軍秀忠が築城 |
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| 宇治川にかかる御幸橋から川下に向かって | 御幸橋(宇治川)を渡ると木津橋(木津川)へ |
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| 京都長岡京市←御幸橋→八幡市 | 天下分け目の山崎の合戦場、天王山の秋 |
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| 木津川にかかる木津橋 | 木津橋を渡ると八幡、源氏の氏神石清水八幡宮のある男山 |
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| 木津川と宇治川の間は背割堤(右)桜の遊歩道が紅葉 | 木津橋 |
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| 旧国道1号線から眺める紅葉の天王山 | 歩道が無く旧国道1号線を大阪湾を目指して歩く |
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| 木津川、宇治川、桂川が合流して淀川になる地点 | 旧国道1号線わきにたつ三川合流の標識 |
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| いよいよ淀川へ | 淀川になって大阪湾まであと34キロ |
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| 淀川に沈む夕日 | 淀川へ流れる天の川、枚方大橋に沈む夕日 |