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                   2月12日(土) 牛若丸(義経)誕生の地を訪ねて
約13キロ  約18,000歩 京都府ウォーキング協会主催 定例会に参加 
★京都地下鉄北山駅→常徳寺(常盤地蔵)→牛若誕生の井→光念寺(常盤腹帯地蔵)→義経産湯跡碑→→牛若町・牛若通→今宮神社→大徳寺→弁慶腰掛石→常盤井→御所の橋跡→首途神社→翔鸞児童公園で昼食→北野天満宮→牛若丸首途の井→義経かどて地蔵→JR花園駅
 集合場所の最寄り駅 京都市地下鉄北山駅9時30分。
12月18日の納会ウォークで通過した地点
集合場所の京都コンサートホール横の広場には参加者がぞくぞく集まる500名くらいか、受付で牛若丸のバッジとバレンタインのつもりかチョコレートをもらって10時10分にスタート。 


■常徳寺

牛若丸の安産を願って御前が寄進したという「常盤地蔵」が納められているというが残念ながら中は見られなかった。



左■鴨川

北山通りを西へ 鴨川にかかる北山大橋を渡る。
■牛若誕生の井・胞衣(えな)塚

牛若丸(源義経)は、平治元年(1159)、源義朝と常盤御前との
間に生まれた。今の京都市北区紫竹牛若町辺りが誕生の地と伝えられている。今も産湯に使ったという井戸が残っている。胞衣(えな)塚は牛若丸の胞衣を埋めたと伝える塚を示すもの。
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↑■光念寺 常葉御前と牛若誕生にまつわる「常盤腹帯地蔵」が鎮座している。


■光念寺 千体地蔵→
■牛若産湯井跡の碑

牛若丸の誕生時にこの井水を産湯に汲んだという。のちに大徳寺末寺大源庵がこの地に建立されたが廃寺となった。大正14年区画整理に当たって井戸の原形が失われたので井戸の由緒を伝えるためにこの碑が建立された。井戸跡は二箇所あることになる。

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←■牛若町

 スタッフさん、ご苦労さん。




   ■牛若通り →
 華やかな朱色の今宮神社山門
やすらい祭は京都三大奇祭
大徳寺三門・千利休が寄進したという金毛閣
のちに自らの切腹の一因になった。
■常盤井

常盤御前は都落ちする際、この常盤井で身を清め、北山の鏡石で姿を写して身をつしろい、伏見へ向かって落ち延びたといわれている。これにちなんで常盤化粧井、常盤姿見と呼んだらしい。
寛文12年(1672)清水宗善という人によって建立した銘が刻まれている。

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■弁慶腰掛石
弁慶が通行人を待ち伏せしたときに使ったという弁慶の腰掛石と称する赤みを帯びた石、長谷川米穀店の裏庭にあり表通りからは見えない。奥さんのご厚意でお宅に上げていただき撮らせてもらった。

■首途(かどで)八幡宮↓










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■牛若丸(義経)が奥州平泉に赴くに際し、道中の安全を祈願して出立したといわれている。「首途」とは「出発」の意味で、以来この由緒により「首途八幡宮と呼ばれるようになった。この故事により、とくに旅立ち、旅行の安全の信仰を集めている。かって、この地には義経を奥州へ導いた金売り吉次の屋敷があったと伝えられている。


■千本釈迦堂


■釈迦堂の布袋さん
■千本釈迦堂
鎌倉初期に釈迦念仏道場として開かれ、創建当初に建てられた本堂は、京都最古の建造物。仏像の宝庫と呼ばれ、霊宝殿には鎌倉時代、藤原時代の仏像をはじめ多数の寺宝を展示しています。
12月7・8日の大根焚きは、厄除け大根が参拝者に振る舞われ有名。

■おかめ塚■
千本釈迦堂を建てる時のこと、大工の棟梁が誤って柱を短く切って、困り果てているとき、妻のおかめが「短い一本に合せ全部の柱を切れば」と助言をした。その後、夫の失敗を人に知られてはと思い、本堂の完成を待たずに自殺してしまった。人々は女心のいじらしさを憐れみ、おかめの供養塔を本堂の前に立てた。今でも家の棟上げにはおかめの面をかざる習慣があり、おかめ塚は全国の大工さんの信仰を集めている。2月のおかめ節分は有名。
■北野天満宮

菅原道真は延喜3年(903年)に太宰府で無念の死をとげたが、彼の没後、京都で災害が頻発し、これが道真の怨霊の祟りとして恐れられたと伝えられている。

天慶5年(942年)に右京七条の巫女、多治比文子(たじひあやこ)に道真から『北野に社殿を造り自分を祀るように』との御託宣があったという。

道真の霊を鎮めるため、文子は当初、自宅の庭に瑞垣を造り祀っていたが、北野の朝日寺の僧、最鎮に相談し、天暦元年(947年)に現在の地に祀るようになったとされている。


■牛若丸(義経)首途(かどで)の井

奥州藤原氏のもとへ伴ったといわれる金売り吉次の屋敷跡といわれ、旅立つ際にこの井水を汲んで別れを惜しんだと言い伝えられている。この石標は首途(かどで)の井戸跡を示すもの。

通りの民家横に立っている石碑、何の説明板もなく、よく見ないと見逃していくところ、それにしても京都市はこういったことにまったく無関心?大河ドラマの影響で訪れる人が予測されるのに観光都市京都には些細なことなのだろう。



■牛若丸(義経)かどで地蔵  

奥州へ旅立ちに際してその長途の安全を守り給い宿願を叶えさせたまえと祈り、宿願成就の暁にこの地に一寺を建立することを誓ったといわれている。


←願王寺

牛若丸(義経)首途(かどで)の井からすぐの通り向かい側にひっそりと建っている。ここから路地を入ると左写真の小さな願王寺がある。

     ■ゴールのJR山陰線花園駅
妙心寺